内房・房州
先日は、仕事後に 房州まで強行しましたがダメでした(>_<)
シーバスもコダワリを出すアングラーが多くなってきています。
ある程度経験を重ねていくうちに より釣りを面白くしたいとか そういうコトだと思います。
釣り方をしばったり、よりたくさん釣る事を目指したり、人それぞれです。
ボクの場合は、地元で釣り込んだ後、新たな楽しみを探している中で
面白く感じたのが 房州や内房での釣りでした。
ハタチくらいの頃ですから、より難易度を高めるにしても、
単純に出ればデカイという結果がともなったこの場所が ハマッたのもあると思います。
(内房や房州といっても広いため、場所や釣り方によっては、今回のお話は該当しませんが。)
でもやっぱり、そうなかなかは釣れません(^_^;)
何の情報もない時代、最初のサカナをキャッチするまでに数年かかりました。
そんな事から、いつからか仲間の間では「神のいる地」、「修行の場」などと言われるようになりました。
ボクは、宗教や占い、風水などなど、かなり疎いですが、
確かにココには神がいるかもしれません。
釣りに関して 考えられるコトは全て実施するのはもちろん、
それでもダメなら、釣りの前に食べるご飯のメニュー考えたり、
履いてくパンツの色変えたりとか、ゲンを担ぐようになったりします(^^;;
普段の行いも 良くしていないといけません。
タバコのポイ捨てをする人、車を割り込む人、チャリンコ無灯火の人などなど…
そんな人には まず釣れません ( ̄ー ̄)
ただ「デカイのが釣りたいからココに来た」とかいうスタンスでも釣れません。
その場所を敬う気持ちが大切です。
デカイのを釣りたいだけなら、他の釣り方、場所のほうが良いかもしれません。
(技術的な部分で、基本を学びたい場合なども、釣れるかもしれませんが、数が出ないので見えてきにくいですし、面白さも解りにくいと思います。基本が伴った状態で、それを応用する感じですが、解るまでの近道はなく、地道に行くしかないと思います。)
釣りをしている最中も、釣りたいという気持ちは大切ですが、
あまりに「釣りたい」と釣果優先、欲求に走り過ぎるとダメです。
まず、ガッつかず、「釣りたい」気持ちを内に秘め、
自然体というか、「無」のような状態で、しっかりやるべき事を行う。
いい加減釣れないと「何でこんな釣りしてんだ?」と思う時もありますが、
そこから「釣りに対するスタンス」や「釣りとは何ぞや」とか考えだしたりもします。
あとは「星がキレイだて('-'*)」とか その場所にいる事、
釣れる釣れない以前に釣りをしている事自体を堪能する。
(このへんの精神状態は迷信ではなく、実際釣りに与える影響は大きいと思います。)
通い続け、そんな境地に至った時に、
多分釣りの神様は微笑んでくれるんじゃないかと思います。
先日 釣れなかったのは、ボクが人間的に至らない部分があったんだと思います。。。
この地でサカナを釣るためには、人間的にも成長できるかもしれません(^_^;)
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